ドナー病院(臓器提供施設)に脳死患者が現れ、日本臓器移植ネットワークに最初の連絡が入ってから、脳死判定、臓器提供承諾、レシピエントの選定、移植実施施設の決定、臓器の摘出、搬送、移植実施までのながれを示します。
臨床的に脳死であると診断された患者さんが救急病院などで現れた場合、その患者さんの主治医は患者さんが生前に臓器提供・脳死判定に従う意思を書面(意思表示カード、自動車免許証等)で表示していたかどうかを確認します。その患者さんが臓器提供の意思表示があることが判った場合には、御家族に臓器提供について日本臓器移植ネットワークのコーディネーターの話を聴く気持ちがあるかどうかを尋ねます。もしお話を聴く意思があればコーディネーターの派遣を依頼することになります。
派遣されたコーディネーターは患者さんの医療情報を検討して、まずその患者さんがドナーとして適当であること、司法解剖が必要でないことを確認します。そこで問題がなければ、主治医立ち会いのもとで御家族に面会します。そして臓器提供、脳死及び脳死判定、脳死と判定されたときの対応の仕方(臓器提供、治療中止、治療継続等)等について説明します。その説明の後、御家族がその患者さんの臓器を提供すること、そして「臓器移植に関する法律」に則った脳死判定をすることに同意された場合には、その病院の脳死判定委員会の医師たちが「臓器移植に関する法律」に従った脳死判定を行います。
脳死判定は6時間以上の間をあけて2回行われ、これまでの事例では10時間程度以上かかります。この間に、その患者さんの感染症検査、各臓器の機能検査、HLA検査を行い、その患者さんがドナーとして適当であるかどうかを確認します。
第2回目の脳死判定が終了した時点で、さきほど述べた手順で各臓器毎にレシピエント候補を選び、はじめて移植実施施設に連絡が入ります。移植実施施設の担当医は、候補に選ばれた患者さんに連絡をとり、心臓移植を受ける意思が変わっていないかどうかを確認します。もちろんもしその時点で心臓移植を受けたくなくなっていれば、断っていただいてもかまいません。
候補者の意思を確認すると同時に、その患者さんが心臓移植を受けても良い状態かどうか(肝腎機能障害、感染症等の有無をチェック)を判断し、移植実施病院内の状況(手術室、集中治療室等の稼働状況、移植実施に必要な人員状況等)を評価して移植が可能であると判断された場合には、日本臓器移植ネットワークに心臓移植を実施する旨を連絡します。日本臓器移植ネットワークから連絡が入ってから、移植実施可能かどうかの返事をする時間は40~60分以内にすることが義務づけられています。というのはもしその患者さんが心臓移植を受けないのならば、次の候補者が心臓移植を受けることができるようになるからです。従って、非常に短い時間に候補者の意思を再確認しなければなりません。尚、移植実施が決まってから、心臓移植について、たとえば患者さんの現状がどうなのか、ドナーの状況はどうなのか、現時点での心臓移植のリスクはどの程度なのかについて説明します。その上で患者さんがこの時点でも心臓移植を受ける意思があることを確認させていただきます。
移植実施が決まれば、候補者の血清を用いて、ドナーのT細胞に対するリンパ球クロスマッチを行います。一般的には予め採取して保存しておいた血液で検査を行いますが、移植間近になって輸血などを受けられている場合などでは、ドナーが現れてからもう一度採血して、その血清を検査センターに送ってクロスマッチを行うことがあります。もしクロスマッチが陽性の場合には、特別な場合を除いて心臓移植は行いません。
各臓器毎に移植実施施設が確定すれば、摘出医師チームが提供病院に派遣されます。摘出医師はドナーとなる患者さんのデータを参考にしながら、必要があれば心臓超音波検査を行い、患者さんが心臓が移植するのに適当であるかどうかを判定します。もしこの評価で心臓が移植するのに相応しくないと判断された場合には、心臓移植は中止されます。もし心臓のドナーとして問題ないと判断された場合には、ドナーの主治医、手術部看護婦、麻酔医、各臓器の摘出医師チーム、コーディネーター等が一同に集まって摘出術に関する会合を開いて手順を確認した上で、摘出術開始時間を決定し、摘出術を開始します。
まずドナーを開胸して、心臓の状態を観察します。時には心臓に傷があったり、一部分が動いていなかったり、冠動脈が硬くなっていたりして、この時点でドナー心として相応しくないと判断され、心臓移植が中止されることもあります。もし、この時点でも心臓が問題なければ、心臓の摘出が実施されます。心臓の摘出だけであれば1時間程度で行えますが、他の臓器の摘出の準備がありますので、一般的には摘出手術が始まってから2~3時間後に心臓は摘出されます。心臓は摘出されてからできるだけ早くに移植されなければなりませんので、遠方の場合にはヘリコプターや飛行機を使って、心臓を搬送します。地元の警察、消防局、住民のご協力で、これまでの心臓移植では心保存安全限界内で心臓を搬送することができています。また、心臓だけでなく、多くの臓器の提供を受けて多くの患者さんが救われています。
さてこの間にレシピエントの手術準備も並行して進みます。詳しくは別で述べますが、まず手術前の血液検査、レントゲン撮影を行い、免疫抑制剤のイムランを飲んでいただきます。その後、清拭、除毛をして手術を待ちます。場合によっては、手術室に行く前に、点滴や中心静脈ルートをとります。ドナー心の摘出手術の状況に応じて、早い目に手術室に入ります。ドナーの心臓を肉眼的に観察して問題がなければ、レシピエントの麻酔が開始されます。移植手術までに開胸手術を受けておられないレシピエントの場合には、心臓が到着すると予想される2時間程度前に麻酔を開始しますが、補助人工心臓を装着していたりして以前に開胸手術を受けている場合には、3時間以上前に麻酔を開始します。従って、ドナー心が摘出されるより前に麻酔や手術が開始されることがあります。
心臓移植の手術については前にも述べましたが、5~10時間かかります。移植された心臓が十分に働いて、出血が止まった時点で、胸を閉じて集中治療室に移ります。